修行の時間です。悟りを開くのは難しい。

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1ヶ月から2ヶ月くらいに一度ビッグイベントがある。

それは、お義母さんの下着取り込みだ。

ここで、洗濯について振り返っておくが、
私の服や下着は子供の服と一緒に洗ったらダメらしく、
妻と子供。私とお義母さんの2セットで洗濯をしており、
子供と妻の分は私が洗濯をし、終わるとランドリールームでハンガーに干したり、取り込んだりしている。
そして私とお義母さんの分はお義母さんが洗濯をしてくれている(自分の分の取込は私がする)のだが、冒頭に伝えしたように、定期的に干されたままの状態で放置されていることがある。

そのままにしておけばいいと思うかも知れないが、
そのままだと干す場所がないので子供の服が干せない。
それに、お義母さんの洋服はとりこんであるのに、
下着だけ残っているのも何だか気まずい。

たまに私の分も畳んでくれている事もあるので、お互い様だよなーと一瞬思ったが、
逆の立場になって考えてみたら、私が30歳くらい年下の女性の下着を干すのと、
私が30歳くらい年上の女性の下着を干す時の気分が同じな訳ない。

さて、そのような状況に遭遇した場合、
まず、まじかよーー!って気持ちを抑えるために、そっと目を閉じて深呼吸をする。
そして、心の中で数を数えるのだ。

1、2、3……

何も変わらない。

もう、ここからは悟りの境地だ。
「無」
西田幾多郎か。いや、全然知らない。
いずれにせよ私はまだまだ雑念が入り混じるのでこれは修行だ。
荒行だ。

なぜ連休明け早々にこんな内容のブログをアップするのかといえば、
たった今、私はその修行を終えてきたのである。